仏教とカトリック 死後の世界ってどうなってるの?

幻想的な波

母がこの世を去って、もうひと月以上が経ち、今度の日曜日は49日の法事があります。まだ、母がいなくなったことが実感できず、長い旅行に出ているように感じてしまいます。
仏教では49日が終わるまでを中陰と言って、魂がまだこの世を彷徨っているらしいです。母も、色々な人のところに行って様子を見たりしているのかもしれません。

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肉体を離れた魂はどこに行くのか

死んだあと、どこに行くのだろう?私は真面目にそんなことを考えてしまいます。
カトリックの場合は、死の直後に裁きが行われ、天国に行くのか地獄に行くのか決まるそうです。けれど、天国にいける場合も天国に直行できるわけではありません。「清い魂」になるために煉獄を通らなければなりません。私は煉獄を「魂の洗濯場所」と言っているのですが、生前の行いによって、煉獄で過ごす時間が違うそうです。

しつこい汚れにはシミ抜きが必要だったり、長い洗濯時間が必要だったりするのと同じように、生前に犯した罪を洗い流してきれいになるには、人それぞれ違うのでしょう。

カトリックでは、旅立った魂が早く煉獄から天国へ行けるよう、死者のために祈りますが、仏教でも同じようなことがあるようです。

仏教では、49日まで7日ごとに裁きがあり、49日目に次にどの世界へ生まれ変わるのかが決まるそうです。その7日ごとに法事をするのは、故人の罪が軽くなるように「善」を送るのだとか。それを「追善供養」と言うのだそうです。(仏教の宗派によって、このあたりの考え方は違うかもしれません)

仏教では「天国」ではなく「極楽浄土」

ところで、仏教では「天国」ではなく、「極楽浄土」や「お浄土」と言うらしいです。「天国」と言うのはキリスト教、ユダヤ教、イスラム教なのだそう。(知らなかった……)

仏教の場合は裁きの後に、6つの世界のどれかに生まれ変わると言います。それが「輪廻転生」といわれるもので、いつかこの「輪廻」を抜けて「極楽浄土」に行くために悟りを開くのだそうです。
仏教の世界には、地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人間界、天界の6つがあり、裁きの結果によってどこに行くのか決まるとありました。ここの「天界」は天国と同じものではなく死のある「快楽主義」の世界なのだとか。

仏教は宗派によって死後に行くところは違うようで、調べれば調べるほどよくわからなくなってきました💦
生きている間に悪いことをすると地獄に行くのは共通のようで、つまり、仏教でもキリスト教でも、おそらく他の宗教でも、よい行いをして生きよ、と言っているように感じます。

私自身も、決してよい行いをして生きているとは言えません。けれど、できるだけよく生きようと努力はしているつもりです。今日より明日の自分の方がよい人間でありたい、そう思います。

49日を前に、母の魂はどこに生まれ変わるのだろう?と思いますが、戦争を体験し、嫁いだ後も苦労した母。できれば「極楽浄土」に行って永遠の安らぎと幸せに包まれて欲しい、と思います。

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