キリスト教 ミサと聖餐式

先日、テレビを見ていたらプロテスタントの教会で起こった事件についての再現ドラマが映っていました。「牧師」と言っているのは正解ですが、「日曜のミサで……」というナレーションと字幕にも大きく「ミサ」と表示されていました。番組の中で、何度も「ミサ」と言うので、私は思わず笑ってしまいましたが、このシチュエーションは、カトリックの人もプロテスタントの人も「微妙な気分」になる瞬間だと思います。

キリスト教=ミサ と言う認識

キリスト教人口が少ない日本なので仕方が無いのでしょうが、テレビ局の人や番組作りに関わった人の誰一人、プロテスタントでは「ミサ」と言う言葉を使わず「礼拝」と言うことを知らなかったのでしょうか?番組を制作する時に、調べなかったのかなぁ、と思います。

海外の事件なので、元の資料が英語だったのでしょう。プロテスタント教会では英語でも”Mass”と言う言葉は使わず、”Service”とか”worship”と言う言葉を使います。なので、翻訳した人が「ミサ」と言う言葉に置き換えてしまったのかも知れません。キリスト教関係者でなければ、「ミサ」も「礼拝」も同じだと思っても仕方ないのかな、と思います。

「ミサ」と言う言葉はカトリック教会だけで使われ、プロテスタントでは「聖餐式」に相当します。
けれど、カトリックの「ミサ」とプロテスタントの「聖餐式」は少し違います。

カトリックの「ミサ」は、パンとワインがキリストの体と血に変わり(聖変化)、それを信徒が信仰のうちに分け合います。一方、プロテスタントでは、パンとワインが実際にキリストの体と血に変わる事はなく、単なる象徴的な儀式としています。プロテスタントに分類されてはいますが、聖公会の場合「聖餐式」は、カトリックとほぼ同じ意味を持ちます。

テレビドラマに登場するシスター

数ヶ月前も、両親の家でテレビを見ていた時、推理ドラマに登場するシスターがロザリオを首からぶら下げていて、「あぁ、やっぱり首からかけてる……」と笑ってしまいました。
確かにロザリオの形状はネックレスに最適で、カトリック信者でなければネックレスにしても良いと思っています。けれど、いくらドラマの中とは言え、シスターがロザリオを首から下げているのは、カトリックの私から見るとものすごく不自然です。

ほぼ、テレビドラマに登場するシスターはロザリオを首からかけているので、日本での「ロザリオの認知度」は、ものすごく低いのだな、と思います。

テレビドラマに登場する教会や聖職者は、私にとってある意味、とても「楽しめる」場面です。どう見てもカトリック教会なのに「牧師」だったり、その逆でプロテスタント教会なのに「神父」だったり……。キリスト教国のテレビドラマでは絶対にあり得ないことが起こるのが、何だかとても面白いです。