INTO GRATE SILENCE 大いなる沈黙へ
ずっと観たいと思っていたドキュメンタリー映画「INTO GRATE SILENCE」のDVDをやっと観ることが出来ました。
これは2014年に公開された映画で、フランスアルプス山脈にあるカルトジオ会の男子修道院、グランド・シャルトルーズ修道院を映したドキュメンタリーです。この修道院はカトリックの中でも戒律が厳しいと言われる修道院です。約3時間のこの映画は、音楽もナレーションも照明もありません。自然の光の中で、静かな修道院の時間が流れています。
※現在(2018年)、Amazonビデオでも配信されているので、DVDを購入するよりお得かも知れません。
私が購入したものは輸入版DVDなので、リージョンフリーのプレイヤーが無いと再生が出来ません。最初はリッピングしてから手持ちのDVDプレーヤーで再生しようかと思いましたが、面倒なので無料のアプリ「VLCメディアプレイヤー」(http://www.videolan.org/index.ja.html)を使うことにしました。これを使用すると、リージョンフリーのプレーヤーが無くてもパソコンでDVDを再生することが出来ます。
澄みきった空気と静寂
厳粛な空気が漂う石造りの聖堂や回廊、修道院を包む美しい自然がゆっくりと季節を変えて行く。そのなかで、静かに祈りの時間をすごす修道士たちの姿がとても印象的です。窓からは修道院の中庭がみえ、季節が移り変わって行くのを感じられます。冬の雪に閉ざされた修道院が、雪解けを迎え、小鳥のさえずりと淡い緑に包まれて行くのがとても美しいです。
修道士たちは1日のほとんどを1人で祈って過ごしています。彼らの過ごす小さな部屋は藁のベッドと小さなストーブがあるだけで、とても質素ですが、私にはそれがとても居心地の良い部屋に感じられました。彼らは最低限の物だけ(私物は小さなブリキ缶ひとつ)を持ち、毎日を祈りに捧げ、とてもシンプルに生きています。
映画の中で、修道士たちの顔がひとりずつ映し出されるところがあるのですが、若い修道士も年老いた修道士も、皆ほんの少し微笑んでいたのが印象的でした。生涯を祈りに捧げる彼らは、祈りによって内なる自分を見つめ、神に近づこうとする。そんな中で、彼らは自分が自分自身であることを探求しているように見えました。
現代人の生き方を問う
私たちは、人生の中で何を残すのか、と常に問われている気がします。社会の中で、地位や財産、家族を持つことなど、常に結果を求められていて、それを得ていないことに焦りや、時に絶望感にすら襲われることがあります。
神経をすり減らしながら、毎日くたくたになるまで働いて、他人が持っている幸せを自分が持っていないことを悲観し、生きることの意味を問います。そしてまた明日も必死に、「幸せ」を求めて働き「何かに執着」しながら「何かを得ようと」するのです。
現代社会に生きる私たちは、「生涯を祈りに捧げる人生」をどんなふうに感じるのでしょうか?ただ祈ることに何の意味があるのか、そこからどんな結果が出ると言うんだろうか、と考えるかもしれません。ただ祈って過ごすことに何の価値があるのか、と。
確かに、情報や物が溢れた現代社会の中で生きていると「祈りに人生を捧げる」ことに価値を見いだすことは難しいかもしれません。この世の幸せとは、目に見える結果を出し、かたちある何かを得ること、お金や物や地位を得ることだと思われているからです。
けれど、人生の絶望と苦しみから私を救い、生きる希望を与えてくれたのはお金や物ではなく、「神の存在」と「祈り」でした。
生きていると、辛いことや悲しいこと、たくさんのしがらみがあります。心ががんじがらめになって、何もかもを投げ出したくなることがあります。こんなに必死になって、お金や物を得ることが、人生においてそんなに大切なことなのだろうか?と思うのです。周りの人と比べて相対的な幸せを求めることに、どれだけの意味があるのだろう、そんなこと疲れるだけではないか、と。
もっとシンプルに生きたい、すべてを手放して、「自分自身でありたい」と思うのです。
私が彼らの生活に心を動かされ、彼らの生き方に惹かれるのは、そんな気持ちがあるからかも知れません。