映画「夜明けの祈り」とグレゴリオ聖歌

先日、映画「夜明けの祈り」のDVDを、やっと観ることができました。2月に予約購入したものの、観る時間がないまま1ヶ月以上たってしまっていました。
ソ連兵の暴行によって修道女たちが妊娠してしまうという、実際に起こったショッキングな事件を映画化したもので、「信仰とは何か?命とは何か?」と考えさせられる映画です。カトリックの家庭で育った監督のアンヌ・フォンティーヌさんは、映画を作るために、映画の修道院と同じベネディクト会系の修道院で「修練者」として生活をしたそうです。

信仰とは何か

1945年のポーランド、修道女たちを救うために行動したフランス赤十字の女性医師マチルドの目を通して、修道女マリアを中心に望まぬ妊娠をしてしまった若い修道女や、修道院と修道女たちを守ろうとする修道院長の姿が描かれています。

信仰と現実、そして命のあいだで苦しむ修道女たちの姿には、心が痛くなりました。全体的に重たい感じの映画ですが、最後は明るく希望が差し込んだ様子で終わります。個人的には修道院長がどうなったのか気になるところでしたが……。


Amazon | 夜明けの祈り [DVD] | 映画

印象的だったのは修道女マリアの”信仰は24時間の疑問と1分の希望で出来ている”という言葉です。
信仰に生涯を捧げる修道者だからこその言葉ではないかなぁ、と思いました。

「夜明けの祈り」で歌われるグレゴリオ聖歌

この映画の中では、たびたびグレゴリオ聖歌が歌われています。映画の冒頭もグレゴリオ聖歌の讃歌で始まります。その歌から、それが待降節であることが分かります。歌われている時間は映画の中の台詞にもある通り「夜明けの祈り」とも言われる「讃課」の時間なので、午前3時ごろです。マチルドが、修道院を訪ねるように言われたのはこの「讃課」の時間だったので、それが映画のタイトルになったのでしょう。
車を使えなくなったマチルドが、暗い道を自転車で修道院に向かうシーンが印象的でした。

「讚課」で歌われていたのは”Conditor Alme Siderum”と”Rorate coeli desuper” で、どちらも待降節に歌われるものです。この2つは私も何度か歌ったことがあり、耳慣れた聖歌です。

冒頭で歌われているのは “Conditor Alme Siderum”、星々の造り主というタイトルの讃歌です。

Conditor Alme Siderum (Creator of the Stars of Night)

Conditor alme siderum
aetérna lux credéntium
Christe redémptor
ómnium exáudi preces súpplicum

星々の造り主よ、柔和な神、信じるものの永遠の光
全ての人の救い主キリストよ、私たちの祈りを聞いてください

Qui cóndolens intéritu
mortis perire saeculum
salvásti mundum languidum
donnas reis remedium.

この世の滅亡と永遠の死を憐れまれる方
弱いこの世を救い、罪びとを癒してください

Vergénte mundi véspere
uti sponsus de thálamo
egréssus honestissima
Virginis matris cláusula.

この世が暗闇に沈むころ、婚礼の部屋を出る花婿のように
乙女なる母の、清き胎より出られた

Cuius forti ponténtiae
genu curvántur ómnia
caeléstia, terréstia
nutu faténtur súbdita.

あなたの強い力の前に、すべての人が跪き
天のものも地のものも、すべてがあなたに従うもの

Te, Sancte fide quáesumus,
venture iudex sáeculi,
consérva nos in témpore
hostis a telo perfidi.

聖なる方、再来しこの世を裁かれるあなたに、私たちは願う
私たちをいつも罪から守ってください

Sit, Christe rex piissime
tibi Patríque glória
cum Spíritu Paráclito
in sempitérna sáecula.
Amen.

聖なる王キリストと、父に栄光を
慰め主、聖霊とともに、いつの世にも
アーメン

もうひとつの”Rorate coeli desuper”で、繰り返し歌われる”Rorate caeli desuper, et nubes pluant justum” はイザヤ書の45-8からきています。

Rorate coeli

Roráte caéli désuper,et núbes plúant jústum.
天よ露を滴らせ、雲よ正義をふりそそげ

特に印象に残ったのは(多分)2節目のところでした。

Peccavimus, et facti sumus tamquam immundun nos,
et cecidimus quasi folium universi
罪を犯し、汚れたものとなった私たちは
空に舞う木の葉のように落ちた

どちらの聖歌も映画では字幕が入るので、とても分かりやすいです。他にも聞いたことのある聖歌や歌ったことのある聖歌が歌われていて、グレゴリオ聖歌を知っている人や歌っている人には、少し違った視点での鑑賞も出来る映画です。