カトリック 使徒信条を唱えるたびにピラトさんが気の毒に思える

十字架のイメージ

教会に通い始めた頃、ミサの流れが分からないことはもちろん、いちばん覚えるのに時間がかかったのは信仰宣言(Credo)でした。毎回、小さなカードかミサのガイドブックを見ながら唱えていました。そして、いつも思ったのは「ここに登場するポンティオ・ピラトと言う人は、すごく悪い人なんだな」でした。洗礼のための勉強を始めたばかりで、まだ聖書もろくに読めていない頃でした。

信仰宣言とポンティオ・ピラト

信仰宣言は使徒達の忠実な信仰のまとめと言われています。キリスト教の基本教義となるもので、全体を12節に分け、12人の使徒がそれぞれの部分を書いたらしい、という説もあります。

そこには「ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられて死に、葬られ」と言う箇所があります。

ポンティオ・ピラトはローマ帝国の第5代ユダヤ属州総督だった人物です。キリスト教では「イエスを十字架にかけた人」として有名です。確かに、彼はイエスの処刑を承認した人物なのですが、聖書の中のピラトはイエスに罪を見いだせず、処刑には消極的で釈放したいと思っていました。ピラトは3回も「いったいどんな悪事を働いたというのか。この男には死刑にあたる罪を見いだせなかった。だから、鞭で懲らしめて釈放しよう」と言いました。けれど民衆は「十字架に付けろ」大声で要求しました。
ピラトには、騒動を治めるために彼らの要求を飲む以外ない状況だったでしょう。

マタイの福音書で、ピラトは「この人の血について、わたしには責任がない。お前たちの問題だ」と言って兵士にイエスを引き渡しています。

ピラト本人は自分の名前が、自分が亡くなって2000年以上経った現在も、世界中の教会でミサの度に「イエスを十字架に付けた人物」として登場するなんて思いもしなかったでしょう。

イエスを無罪だと言い、釈放したかったピラトさん、ちょっと気の毒な感じです💧

使徒信条とニケア・コンスタンチノープル信条

さて、この信仰宣言には「短い」ものと「長いもの」があります。「使徒信条」と「ニケア・コンスタンチノープル信条」で、「ニケア・コンスタンチノープル信条」を短くしたものが「使徒信条」です。ミサでは、短い方の「使徒信条」が唱えられます。「使徒信条」はもとは洗礼式用に短く簡単にされたもので、それが現在、ミサで唱えられるようになったようです。本来、ミサでは「ニケア・コンスタンチノープル信条」を唱えるのだとか……。

今のところ、日本語のミサで「ニケア・コンスタンチノープル信条」を唱えた事はありませんが、ラテン語ミサで歌う信仰宣言は「ニケア・コンスタンチノープル信条」(Credo)です。

使徒信条

天地の創造主、全能の父である神を信じます。
父のひとり子、わたしたちの主イエス・キリストを信じます。
主は聖霊によってやどり、おとめマリアから生まれ、
ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられて死に、葬られ、
陰府に下り、三日目に死者のうちから復活し、
天に昇って、全能の父である神の右の座に着き、生者と死者を裁くために来られます。
聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、からだの復活、
永遠のいのちを信じます。アーメン。

こちらが、長い方の「ニケア・コンスタンチノープル信条」です。本来はこちらをミサで唱えるそうですが、覚えられる気がしない……😅

ニケア・コンスタンチノープル信条

わたしは信じます。唯一の神、全能の父、天と地、
見えるもの、見えないもの、すべてのものの造り主を。
わたしは信じます。唯一の主イエス・キリストを。
主は神のひとり子、すべてに先立って父より生まれ、
神よりの神、光よりの光、まことの神よりのまことの神、
造られることなく生まれ、父と一体。
すべては主によって造られました。
主は、わたしたち人類のため、わたしたちの救いのために天からくだり、
聖霊によって、おとめマリアよりからだを受け、人となられました。
ポンティオ・ピラトのもとで、わたしたちのために十字架につけられ、
苦しみを受け、葬られ、聖書にあるとおり三日目に復活し、天に昇り、
父の右の座に着いておられます。
主は、生者と死者を裁くために栄光のうちに再び来られます。
その国は終わることがありません。
わたしは信じます。主であり、いのちの与え主である聖霊を。
聖霊は、父と子から出て、父と子とともに礼拝され、栄光を受け、
また預言者をとおして語られました。
わたしは、聖なる、普遍の、使徒的、唯一の教会を信じます。
罪のゆるしをもたらす唯一の洗礼を認め、死者の復活と
来世のいのちを待ち望みます。アーメン。

日本語の信仰宣言にも旋律がつく

去年の夏頃、それまでは唱えるだけだった「使徒信条」に旋律がついて、今年から日曜のミサでは「使徒信条」も歌うようになりました。グレゴリオ聖歌の”Credo”に似た旋律で、私には覚えやすい旋律です。

土曜日の天使ミサの日に”Credo”を歌いたいなぁ、と思うのですが、土曜日の夕ミサではもともと「使徒信条」は唱えるだけ。残念ながらその機会はなさそうです。
年に一度、歌う機会があるかないかなので、所属教会のミサで歌うのはちょっとした夢です✨