久しぶりの答唱詩篇

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待降節に入ってから土曜の夕ミサでは、聖歌隊のみ(と言っても3人~4人ですが)で答唱詩篇とアレルヤ唱を歌う許可が出ました。

入祭と拝領、閉祭のオルガン演奏もあるので、それまでの歌も応答もない静かなミサとはやっぱり雰囲気が違います。

そして、昨日の夕ミサの答唱詩篇は私の当番でした。

よりによって、詩篇がながーい曲です。一度に3節を歌うので、楽譜をよく見ていないと「あれ?今、何番目?何行目?」と迷走すること間違いなし!答唱も1と2があるので、これも注意……。

正直、間違えずに歌う自信ナシ、の曲でした💦

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ながーい詩篇で迷子になる

家で何度か練習しましたが、毎回「あれっ?次は何番だっけ」となってしまいました。間違えない様に楽譜に線を引いたりマーカーを引いたりしたものの、一度迷子になるとマーカーも意味なし……。

聖歌隊のメンバーも同じ様に楽譜にマーカーで色分けしていて「これ、迷子になるよねぇ」と。

コロナ以降、朗読は何度かやっていましたが、久しぶりに歌う答唱詩篇の先唱は、やっぱり緊張します。マスクしているし、朗読台には飛沫防止のアクリル板が設置されていて、ちょっと雰囲気も違います。

何だか、初めて答唱詩篇の先唱を歌ったときの気持ちを思い出します。

まあ、あの頃よりは図太くなって「間違えたらしょうがない」と開き直ってはいますが……😅

歌い始めは、音を間違えない様にオルガンの音出しをきちんと聞いて、ちょっと慎重に。ながーい詩篇は、とにかく楽譜をよーく見ながら歌いました。
途中でテンポが速くなってしまわない様に注意するのが精一杯でしたが、大きなミスは無く、何とか歌い終わりました。(やれやれ)

アレルヤ唱も歌って「今日の任務無事終了~✨」と、会衆席に戻りホッとしてしまいました。

今日のミサはどの神父様?と気になる理由

所属教会では二人の神父様のどちらかが司式をされるのですが、どちらの神父様がするのかは、入堂してくるまでよく分かりません。

ミサの準備をしているのがH神父様で「今日はH神父様だねー」と言っていると、ミサが始まってみるとT神父様だった、なんてよくあります。

どちらの神父様でも良いのですが、自分が答唱詩篇の当番の時は「H神父様がいいなぁ~」なんて思います。T神父様が嫌いなわけでも苦手な訳でもありません。洗礼前の講座からお世話になっているT神父様で、むしろ親しみがあります。が、歌うときはちょっと違ってきます。なぜなら……

神父様の圧がすごいから!です。😅

答唱詩篇を歌っている後で、何となーく感じる神父さまの圧……。(それを「圧」ではなく「愛」なんて言う人も……)

ハイ、気のせいかもしれません。

でも、何となーく感じるのですよねぇ💧
うっかり間違えてしまった時など「ひいっ!間違えちゃった😱」と思います。

間違えて怒られる、なんて事はないのですが、ミサ後にうっかり目が合うと、きつーい冗談をお見舞いされたりします。
以前もミサの前にコンサートのリハーサルで張り切りすぎて、答唱詩篇を歌うときに高音が出づらくて、かなり残念な感じになってしまったことがありました。

その時は、神父様に「今日は声、どうしたの?祝日だから昇るように歌って欲しかったんだけど、昇れなかったねぇ~、はっはっはっ」なんて言われましたっけ……。

なので、先唱でミスった日のミサ後は、T神父さまと目をを合わせない様にしていたりします😅

歌える嬉しさ

そして昨日、うっかりミサ後にT神父様と目があってしまいました。

「今日、歌ってたのFrancescaさん?」と来ました。

司式したのはH神父さまでしたが、答唱詩篇は聞いていた模様……。(告解部屋にたっぽい)

ひっ、ミスったのバレた?😱

と思ったのですが、
「今日の答唱、とてもよかったよ」と神父様。

えっ?……ほ、褒められた?褒められたぁ~?!😳

思わず、何か裏の意味があるのではないかと勘ぐってしまった私……。
久しぶりに歌う答唱詩篇でお点が甘くなったのかしら?なんて思ったりして💦

何しろ、自分では上手く歌えた自覚など全くなかったので、びっくりしました。(でも、嬉しい!)

詩篇が長くて「うわぁ」と思った答唱詩篇ですが、久しぶりに歌えることが嬉しくて、必死ながら丁寧に歌う事を心がけたのが良かったのかもしれません。

歌うことが当たり前だったコロナ以前のミサ。それが出来なくなって、改めて聖歌が歌えることの喜びを知ることができた様に感じます。

歌えることの喜びを忘れずに、これからも歌えたら良いな、と思います✨

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