神様、やっぱり輪廻転生があった方が夢ありますよね?

以前の記事では、カトリックでは輪廻転生がないことや、死生観としてどう考えられているかを真面目に整理しました。
でも正直言うと、あれから何度も思うのです。
「一度きりの人生だけ…?それって、ちょっと夢がなさすぎませんか?」
もちろん『神様からいただいた一度きりの人生』も素敵だと思います。だけど、今の人生で叶わなかったこと、もう叶いそうにないこと、そして自分の努力だけではどうにもならないこと…を考えると、やっぱり生まれ変わりがあったらいいのになぁなんて思っちゃいます。
今回の記事では、そんな「カトリックには輪廻転生はないけど、やっぱり夢がほしい!」という個人的ぼやきを、ゆるく語ってみたいと思います。
洗礼後の衝撃
洗礼を受けて間もない頃、ある教会の勉強会で神父様からサラッと言われました。
「カトリックは回らないよ(輪廻転生はありません)」
えっ……夢がないっ!
しかも「これは公式見解です」みたいな落ち着いた口調。
いや、そんな冷静に言われても、私の心は軽くパリーンしましたよ。
カトリックの見解(ゆる解説付き)
カトリックでは、神様から与えられる人生は“一度きり”。
人生が終わると、その人の永遠の行き先(天国か、それ以外か…)が決まります。
なぜかというと…
- 神様があなたにくれた人生はオーダーメイド
- 何度もやり直すより、一発勝負の方が意味がある
……でもこれ、ゲームでいう「セーブなし・コンティニューなしモード」です。
難易度:神レベルじゃないですか、神様。
人生ガチャの当たり外れ
正直、人生って当たり外れが激しすぎます。
- 大当たり → お金持ちの家に生まれて、やりたいこと全部できちゃう人
- ややはずれ(私) → スーパーでバター(500円)を買うか悩む
「私、前世で悪いことしましたっけ…?
あ、生まれ変わらないから前世ないんだった」
生まれ変わり妄想はやっぱり楽しい
公式に否定されても、生まれ変わり妄想はやっぱり楽しい。
「次は猫になりたい」とか「南国の海辺で暮らす人になりたい」とか。
しかも、カトリック国が作った映画やドラマにも、ちょいちょい生まれ変わりネタ出てくるのですよね。
やっぱり妄想は国境も宗派も超えるのかも。
一度きりの人生も、悪くない…かも
それでも神様の言う「一度きりの人生」には、それなりのロマンもあります。
「もう二度と来ないこの日を大切にしなさい」というメッセージ。
でも神様…
生まれ変わりの夢だけは、妄想OK枠に入れておいてくれませんか?
現世でスーパーのバターを買うか悩む私に、せめてその希望だけは……。


