フライングしすぎな日本のクリスマスに、カトリック信者がそっとツッコんでみた

街がキラキラし始めるとワクワクする——それは私も同じです。
でも、毎年こっそり心の中で思うことがあるんです。
「いや、ちょっと早くない?」
カトリックをはじめとするクリスチャンの多くが共感するであろう、
日本のクリスマスだけ異様にスピードが早い問題。
今回は、この「温度差の法則」を、ちょっとツッコミ多めでお届けします。
読んだあと、街のクリスマスがちょっと違う角度で見える……はず?
フライング編
11月1日、秒でクリスマスが始まる日本
ハロウィンが終わった瞬間、ショッピングモールはこう言わんばかりです。
「はい次、クリスマスいきまーす!」
11月上旬には大きなツリーが完成し、情報番組では点灯式のニュース。
コンセプトはロマンチック&なんちゃらコラボなどで、宗教色はきれいさっぱり蒸発しています。
実はこの“フライング感”、日本のカレンダー事情にも理由がある…かもしれません。
欧米では、11月下旬に感謝祭(Thanksgiving)という、
「さあ、ここからゆっくりクリスマスへ向かいますよ〜」という助走用の大型クッションがあります。
七面鳥を囲みながら家族で過ごし、ひと段落してからクリスマス商戦スタート、という流れが一般的。
ところが日本には、このクッションがない。
……代わりに、なぜかブラックフライデーだけ単独で輸入されました。
(感謝祭とセットで来るはずの子が、なぜ単体で来日したのか…?と毎年ちょっと不思議です。)
しかも、ブラックフライデーの本来の意味を知っている人はそんなに多くない、という謎仕様。
つまり日本の年末商戦は、クッションなしで急に全力ダッシュが始まるのです。
結果として、
ハロウィン →(クッションなし)→ ブラックフライデー(よくわからないまま) → 気づけばクリスマス!
という、まるでコースを間違えてショートカットしたみたいな文化構造に。
この“いいとこ取りジャンプ”こそが、
日本のクリスマスが11月1日から光速で始まってしまう最大の理由なのかもしれません。
教会はまだ「待つモード」
一方のキリスト教カレンダーでは、クリスマスの準備期間である
待降節(アドベント)はまだ始まってもいません。
待降節はキリストの誕生を静かに待ち望む、大切な準備の時。
だから心の中ではこう叫びがちです。
「まだだ……まだ早い……!」
街の「楽しもう!」と、教会の「整えよう」。
このギャップが、毎年じんわり胸に押し寄せてくるのです。
文化混ざりすぎ編
ツリーに短冊!?七夕と融合した奇跡の瞬間
クリスマスツリーには本来、
- 常緑 → 永遠の命
- 光の飾り → 世を照らすキリストの光
といった象徴が込められています。
ところがあるショッピングセンターで見た光景。
ツリーに願いごと短冊が吊るしてある。
二度見どころか三度見しました。
「いや七夕じゃないんだから!」
とはいえ、これこそ日本の文化吸収力のすごさ。
宗教的には驚きますが、民俗学的にはめちゃくちゃ興味深い現象です。
(ただ、ベツレヘムの星に何をお願いするのかは気になる。)
終わり方の温度差編
デパート「25日閉店後、撤収開始しまーす!」
日本のクリスマスは終わりもとにかく早い。
学生の頃にバイトしていたデパートでは25日の夜、
閉店と同時にクリスマス装飾を撤収 → お正月ディスプレイへ。
秒で正月。これぞ日本の切り替え力。
肌感では、24日のイブがメインイベント、25日はもう正月モードに半分乗っている…そんな印象です。
教会はまだ「ここからが本番」
対して教会では、12月25日はクリスマスの開幕の日。
お祝いは12日間続き、ツリーを片付けるのは
1月6日頃の「主の公現(エピファニー)」まで。
なので年明け3日でも教会にツリーがあります。
教会の前を通りかかった人の言葉。
- 「あれ?門松ないの?」
- 「なんでまだツリー出てるの?」
心の中の返事:
「いや、まだクリスマスだから!」
温度差を知ると、クリスマスはもっと面白い
- 11月に突然始まるフライング感
- 七夕と合体する柔軟な文化
- 25日で強制終了する商業クリスマス
- 新年でもまだ続く教会のクリスマス
日本のクリスマスは、文化と宗教の「混ざり方」がすごい!
今年は街の明るさを楽しみつつ、
12月に入ったら「待降節だな」と心を整え、
新年に教会でツリーを見かけたら
「あ、公現までお祝いしてるんだ」と思い出してみてください。
ちょっと長くて、ちょっと深いクリスマスの楽しさに気づけるかもしれません。


