サンタはただの陽気なおじいさんじゃなかった!?--実は“聖人”だったサンタクロースのルーツ

日本のクリスマスで絶対に外せない主役といえば、
白いおひげ・赤い服・ハイテンションなおじいさん——そう、サンタクロース

でも本来のクリスマスの主役はもちろん
イエス・キリスト
なのにどうして、キリストの誕生を祝うはずの日に、
赤いニット帽のおじいさんが圧倒的存在感で登場するのでしょう?

「サンタさんって本当にいたの?」
「ただのファンタジー?」
……と思いきや、実はサンタはガチで実在の人物がモデルなんです。

今回は、そんなサンタクロースの“本当の姿”を、
やさしく解説しながら、ちょっぴり楽しく深掘りしていきます。

サンタの正体は4世紀の“司教様”だった!

サンタクロース(Santa Claus)の起源は、4世紀の小アジア(いまのトルコ)に実在した
聖ニコラウス(Saint Nicholas)という人物。

なんと彼は——

ミュラという町の“司教(主教)”でした。

「え、サンタって教会の偉い人だったの?」と思うかもしれませんが、そうなんです。
サンタのルーツは、おもちゃ工場を持つおじいさんではなく、司教職にあった敬虔な聖人

🧦貧しい人への“こっそり慈善”が有名

一番有名なエピソードがこちら

  • 貧しさのせいで身売りされそうな三姉妹
  • それを見たニコラウス
  • 真夜中に家の窓から金貨の袋をこっそり投げ入れる
  • 金貨が暖炉のそばに干してあった靴下の中へイン

はい、もうほぼサンタさんです。

「夜中にそっとプレゼントを置いて去る」というスタイルは、
この“ひっそりとした愛の実践”がモデルになっていると言われているのですね。

オランダで「シンタクラース」に進化し、アメリカで“サンタ”になる

聖ニコラウスの伝説は、彼の亡くなった12月6日(聖ニコラウスの日)を中心にヨーロッパ中で広まりました。

特にオランダでは、彼は シンタクラース(Sinterklaas)という名前で大人気に。

  • 赤い司教服
  • 司教杖
  • 船で到着(今でも現役設定)

はい、威厳たっぷり。

この“シンタクラース”が17世紀、オランダ移民によってアメリカに渡り、
発音が変わって
→ Santa Claus(サンタクロース)
として現在の形へ。

「サンタ」という呼び方は、実はオランダ発だったのです。

トナカイ・煙突・赤い服…サンタ像を作ったのは誰?

サンタの“ファンタジー要素”を固めたのはアメリカの文学と広告。

🦌トナカイとソリの出所は詩だった!

19世紀のアメリカ詩
『聖ニコラウスの訪問(Twas the Night Before Christmas)』
が大ブームに。

この詩が

  • 空飛ぶソリ
  • 8頭のトナカイ
  • 煙突から入ってくる
    といった、今のサンタ像のほとんどを決めました。

“家に煙突がない日本どうする問題” は後世の悩み

🥤赤い服はコカ・コーラの広告が決め手!

実は昔のサンタの服は、緑だったり青だったりバリエーション豊か。

それを“世界標準の赤い服”に統一してしまったのが、
1930年代のコカ・コーラ社の広告キャンペーン

ブランドカラーの赤×白で描かれたサンタが大人気になり、
「陽気なぽっちゃりおじいさん」像が世界に広がったのです。

日本にサンタ文化が一気に広まったのも、
この“親しみやすい広告のサンタ”が輸入された影響が大きいと言えます。

聖人ニコラウスは“歌”にも残っていた

聖ニコラウスはキリスト教ではれっきとした聖人なので、
彼の名はグレゴリオ聖歌にも登場します。

12月6日の聖ニコラウスの祝日には、
彼の慈善と愛を讃える特別な聖歌が歌われていました。

華やかなサンタソングのずっと奥には、
こうした敬虔な祈りの歌が存在している——
そう思うとクリスマスの深みがぐっと増してきませんか?

奇遇にも、この記事で触れた聖ニコラウスのグレゴリオ聖歌を、12月のコンサートで歌うことになりました。私にとってはこの曲が、今年の締めくくりとなりそうです。

サンタは“優しい聖人”が現代まで旅してきた姿だった

  • サンタのモデルは4世紀の“司教ニコラウス”
  • 靴下のプレゼントは“金貨の慈善”がルーツ
  • オランダ → アメリカ → 世界へと進化
  • 文学・広告によって今の明るいサンタ像に
  • 聖歌にも名前が残るほど敬われた人物だった

サンタクロースはただの「キャラ」ではなく、
1700年の時を超えて受け継がれてきた“愛の物語を持つ聖人”なのです。

今年はサンタさんを見るたび、
ふくよかな笑顔の奥にある“聖ニコラウスのやさしい精神”をちょっとだけ思い出してみてくださいね。