SNSで話題のイケメン司祭、信仰のモチベ爆上がり?

ネットでちょっとしたニュースを見つけました。
「インフルエンサーとしても活躍するイケメン司祭」の話題です。
イケメン司祭が気になる方はこちら、pen-online.jpの記事を見てくださいね!
正直、クリックせずにはいられませんでした。
だって、イケメン司祭ですよ?
イケメン × 司祭 = 清廉さと眼福の最強タッグではないですか。
そして写真を見て納得。
「確かにイケメン。司祭にしとくのは勿体ない…!」
(※もちろん、司祭はとても尊いお仕事です。これは完全に俗な感想です。)
イケメン司祭に惹かれて教会に行くってアリ?
もしあなたの通う教会に、こんな司祭がいたらどうしますか?
「今日は暑いし、ミサ行くのやめよっかな…」なんて迷いは一瞬で吹っ飛ぶはず。
むしろ「今週は絶対行く!」ってなる。
理由は……はい、完全にお顔です。
神様、ごめんなさい。でもビジュアルも信仰の入口です。(たぶん)
お説教より司祭の顔しか覚えてない説
「今日のお説教、心に響いたなぁ」
――じゃなくて
「今日の司祭、めっちゃカッコよかったなぁ」
……これ、正直あると思います。
ここで昔の思い出を一つ。
私、かなり前に聖公会(アングリカン)の司祭と親しくしていたことがあります。(ちょっと変わった職業の人いるんだけど、って紹介されました)
※カトリック司祭と違って独身制ではないので問題なしです!
その人は私好みのダンディーな外国人。
でも……、毎回ミサが終わるころに連絡があって、必ずこう聞くのです。
「ねえねえ、今日の神父さんのお説教、どんなだった?」
……ごめん、ほとんど寝てました。
(お説教が長くて、しかも眠気を誘う声だったのよ!)
たぶん彼、自分のお説教づくりの参考にしたかったのだと思います。
でも聞かれるたびに信仰心テストされてる気がして、ちょっとしんどかったなぁ。
その点、カトリックのイケメン司祭なら変な下心は芽生えないし、
ただひたすら鑑賞に集中できるのが尊い。
(もはや集中するところが間違ってる気が……)
イケメン司祭、信仰のきっかけになる説
「顔で教会に行くとか、煩悩の塊やん!」(なぜか仏教用語が出てくる)
――はい、その通りです。
でもちょっと考えてみると、
信仰の入り口って、案外そんな小さなことではないかと思うのです。
ある人は音楽に惹かれて、ある人は建物に惹かれて、ある人は……イケメン司祭に惹かれて。
きっかけが神父様のお顔でも、そこから出会うのは神様かもしれません。
神様、ちょっとズルいです
イケメン司祭がいる教会、正直うらやましい。
でも、そのビジュアルがきっかけで教会に行き、そこで信仰に出会えたなら、それはそれで素敵。
イケメン司祭から始まる信仰、アリだと思います。神様も「まあ、いいんじゃない?」って笑ってるかも。
ちょっと余談:映画にもいた“美しすぎるイエス様”
実は、過去にも「美しすぎる信仰の人」が話題になったことがあります。
映画『Son of God』でイエスを演じた俳優、ディオゴ・モルガドをご存じでしょうか?
あまりの美しさに、海外では「Hot Jesus(ホット・ジーザス)」と呼ばれ、SNSをざわつかせました。
私も映画館で観たとき、友人(カトリック信者)と
「こんなイエス様だったら、ちょっと煩悩が芽生えそう…」
なんて笑って話したものです。
もちろん、信仰は見た目ではないのですけど😅


