グレゴリオ聖歌ワークショップ 2回目|古ネウマに挑戦した結果、誤ネウマ祭り

先日、グレゴリオ聖歌のワークショップ第2回に行ってきました。
今回のテーマはずばり 「古ネウマで歌う」

普段は四線譜(四角譜)を見て歌っていますが、その上下にくっついている謎の記号――そう、あの「ネウマ」を見て歌いましょう、というわけです。

ちなみに混乱しやすいので整理しておくと:

  • 普段の四線譜=四角譜
  • その上下にいる謎の記号たち=古ネウマ
  • でもまとめてネウマ譜って呼ばれたりもする

つまり、普段は「四線譜=ネウマ譜」って呼んでるけど、厳密にはそうではない、ということです。

ネウマで歌う初挑戦=テンション爆上がり

今まで私はネウマを「見る専門」でした。
特にラオンのネウマなんて、もはや美術鑑賞。

でも今回は 「歌う」
鑑賞から実技へ――テンションは爆上がりです。

内容的にはおそらく「ネウマ超入門レベル」だと思います。
先生がホワイトボードに書きながら「ここはちょっと長く」「ここはこうなってるからちょい跳ねて」のように説明してくれるのですが、まあ大混乱。
似ているけど違う、違うけど似ている、そんなネウマたち。

ホワイトボードに書かれるネウマを必死にメモするものの……

結果:
私のノートは、ペンを持ったまま居眠りしたかのようなクネクネ線で埋め尽くされました。

もはや「古ネウマ」じゃなくて「誤ネウマ」

修道士と先生へのリスペクト爆上がり

それでも四線譜と見比べながらならなんとか歌える。
でもネウマだけで歌えって言われたら……無理ゲーです。

改めて思いました。
中世の修道士ってすごすぎる。
そして、ネウマが頭に入っている先生もすごすぎる。

(内心では「ラオンのぐるぐるネウマ、どう歌うのか実演してほしい!」と思いましたが、空気を読んで質問は自粛。)

歴史の流れとグレゴリオ聖歌

さらに、同じ曲を取り上げて時代ごとの楽譜や歌い方の変遷についても解説&実践がありました。
どの時代にも味わいがあってとても興味深いです。

なんじゃこりゃぁ!って思ったのは、17世紀のこぶしみたいな装飾多めの歌い方。個人的にはちょっとコーランっぽくてエキゾチックな雰囲気、と思いました。

📝豆知識:グレゴリオ聖歌の楽譜と歌い方の歴史

グレゴリオ聖歌は、もともと「祈りの言葉」を声にのせて伝えるもので、最初は楽譜すら存在せず、口から口へと歌い継がれてきました。けれどその伝承を確実にするため、時代と共に楽譜も歌い方も進化してきたのです。

  1. 身振りから文字へ:古ネウマの時代
    最も古い楽譜は「古ネウマ(Neuma Antiqua)」と呼ばれる記号でした。音の高さを正確に示すものではなく、「ここで声を上げるよ」「ちょっと伸ばすよ」という歌い手への合図やメモのような存在。地域や修道院ごとに個性があり、自由度の高い歌い方がなされていました。
  2. 誰もが歌えるように:四線譜の誕生
    11世紀頃、グイド・ダレッツォという修道士が四線譜を考案。音符が線の上に置かれるようになり、誰でも音の高さを正確に読み取れるようになりました。これにより歌が統一され、より規律あるスタイルへと変わっていきます。
  3. 近代の変化:フランス流の「こぶし」
    17世紀以降になると、特にフランスで、世俗音楽の影響を受けた装飾的な歌い回し(まるで「こぶし」のような表現)が加わることもありました。これは祈りの音楽が時代の流行と交わった一例で、当時の多様性を感じさせます。

そして現在、ソレム修道院を中心に「古ネウマ」の研究が盛んに行われています。目指すのは、単なる楽譜の音符ではなく、ラテン語の言葉そのものが持つリズムやアクセントを尊重する歌い方。つまりグレゴリオ聖歌は、祈りを旋律にのせるという本来の姿に立ち返ろうとしているのです。

こうして見ると、グレゴリオ聖歌は「昔の音楽」ではなく、時代ごとに変化しながら今も研究され続けている生きた祈りの音楽だと言えるのではないでしょうか。

グレゴリオ聖歌はやっぱり底なし沼だった

今回改めて確信しました。
グレゴリオ聖歌の世界は、私が思っていた以上に深い。

これ、もしかして 底なし沼では……?

ちなみにこのワークショップ、名称は「入門」。
でも内容は「入門って何?」レベル。
初めて来た人は、きっと 沼にズブッとハマるか、即ギブアップするか の二択だと思います。

(なんだかインド旅行みたいです。行った人が「大好き!」か「もう二度と行かない!」に分かれるパターン。)

最後の第3回は一ヶ月後。
どんな沼が待っているのか、ちょっと楽しみです。